海外出張報告から転載
業界の端っこで働いてきた老兵として、半導体ビジネスについて時々書きたいと思います。

ルネサスが立ち行かなくなり、外国系ファンドの下に入り、細切れに分割清算されるところでしたが自動車会社の支援を得ることになりました。なぜ、門外漢の自動車会社が支援することになったのでしょうか。

1980年代世界に君臨した日本の半導体メーカーでしたが、設備産業である半導体の生産に関して国や税制で支援を受ける台湾、韓国の設備投資力の前に、完全に競争力を失いました。
2003年経産省の指導の下、それまで別個に半導体を生産してきた日立と電力系を除く三菱其々の半導体部門が生き残りをかけて提携し、システムLSIの分野では当時世界一のルネサスを創設しました。
Docomoのガラ携に使われる専用システムLSIを獲得していたこともあり、一時は大変好調でした。国内ダントツのシェアー誇ったDocomoですが、その技術の中核となった1999年iMode、2001年FOMA(W-CDMA)通信方式は発表当時世界最先端の技術で、Docomoと共同開発する日本の携帯電話メーカとそれにつながる半導体メーカーの共同戦線で技術を磨き上げ、技術を囲い込みました。通信方式としては、利用面でやや早すぎた事もあり世界標準とはなりませんでした。

日本の携帯電話市場にSoftBankやAUが参入し、米国Appleや台湾HTC、韓国Samusung、LG等の携帯やスマートフォンが国内市場で販売されることになりました。Docomoも携帯市場でのシェアーを維持するために、外国製の携帯電話も販売するようになりました。外国通信機メーカーの強みは日本市場だけでなく世界の市場で使われるため生産台数が桁違いであることです。桁違いの生産数であれば、使われる半導体の価格はものすごく安くなります。

半導体は、コピペした印刷物を、一個づつ切って、売るようなものです。出来るだけ縮小してコピーしたものを、一度に何百枚も切り取れるようにすれば1個当たりはものすごく安くなります。
出来るだけ大きくて薄いコピペする丸い用紙(実際は直径30センチのシリコン製基盤)の出来るだけ小さく印刷すると、端の部分の丸みのところで出るロスも少なくなりますので、その面でも大きな用紙に小さくコピーが出来る装置があれば誰でも安く作れるようになります。(この辺りは後日書きます)

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半導体が安ければ、通信機器も安くなり、大量に作るならApplegaしているようにFoxconn等の中国での組み立てメーカーに委託すれば、組み立て費も安くなります。
日本メーカーはDocomoと共同開発した技術を、メーカーごとに自社の2~3世代古い設備の自社工場でつくり、自社の地方工場で組み立ててきました。
世界で見れば、大きくないDocomo用に自社のシェア分だけ生産するわけですから、生産台数には村の相撲大会と本場所ぐらいの差が出ます。デザイン・開発・金型などの経費がほぼ同じと考えれば1台当たりのコストがかなう訳がありません。
日本メーカーは従業員の年金も心配し、高い土地に、高い不動産税も払って広大な工場を保持してきました。日本メーカーのバランスシートの片側の大部分は土地と建物と設備であり、反対側はこれらを買った借入金です。
Appleはどうでしょう、保有している資産の多くはFoxconnなどの株式であり。これを買ったのは積み上げてきた利益からです。
Appleは毎四半期配当をFoxconnなどから得ますので、キャッシュバックが有る様なものですが、日本メーカーは不動産税を払い、借入金の金利を払います。
半導体部品でも何でも、自社内で作ろうとするのを巣直統合型生産と言いますが、Appleのように委託して生産することを水平分業型生産と言うようです。AppleはMacのころから日本Xeroxなどに生産委託していましたので、こういった生産形態のプロであったわけです。日本の電機メーカーもコンピュータに関しては、受託生産して稼いできたのに、そろって垂直統合型を目指したのは不思議な、日本人の本質を覗かせる話です。
何故自動車メーカーが出資することになったのでしょう。
車の中には、マイコンやDSPが沢山入ってます。マイコンは1個のICの中にプログラムを入れられ外部からの制御信号やデータによって定められた通りに実行します。DSPは外部からのデータを高速で処理して変換していきます。
車には沢山の小さなモーターが付いてます。例えばパワーウィンドー、パワーハンドル、エアコン、ワイパー、座席、ミラーを動かすのにもモーターが使われこれらには其々マイコンがついて制御しています。
また、エアーバッグ、ウィンカー、カーナビ、FMラジオ、ダッシュボードパネル、ブレーキにもマイコンが使われています。
機械を使うメカニカルな操作よりもマイコンを使うプログラム制御のほうがはるかに多くなっているのです。
車は10年程度使われますから、車に使うマイコンも7年ぐらいは作り続けて欲しいところです。しかし、半導体の世界では、18か月ごとに素子の数が倍になるという法則が知られるほど技術進歩が止まりませんので、7年も同じ製品を作り続けることは出来ないのです。(世界の常識では、、、猛烈な投資により、最新設備を導入し続ける韓国のSamsugや台湾のTSMCにはかなわないのです。)

しかし、日本の半導体メーカールネサスの前身のNEC、日立、東芝、富士通などは車や家電メーカーの要求に応え、古い設備も残しながら古い製品も少量づつ生産を続けました。また、マイコンも信頼性を求めるとFLASHタイプのメモリーではなく、マスクタイプのメモリーにプログラムを焼きこんだほうを選ぶことになり、生産性はものすごく悪化します。
(FLASHメモリーはデータが変化する寿命があります。パソコンであればデーターの変化を監視して自分で修正作業できますが、モーター制御などのマイコンには大掛かりなものは入れられませんので、主要部に使うのは敬遠されたこともあります。)
毎年発表される新車、そして既存の車のマイナーチェンジと豊富なオプションでマイコンもプログラムの件数は莫大、受注を断りたいところですが。元々の生産数もでかいので、車メーカーからの圧力に負けて生産設備を稼動し続けました。
半導体はセッティングしてしまえば、同じものを作るのはほぼ自動作業ですが、多品種を少量づつ生産すると、段取り変えの時間が長くなり実生産時間が減るため作業効率は極端に悪くなります。
こんな儲からない生産を続けてきたのですから、最終的にはルネサス1社に集約され、工場も効率のいいものだけを残し、生産性の低い工場は廃棄、売却しました。
おそらく生産現場では、極めて効率の悪い生産を余儀なくされたと思います。

震災時にも、カーメーカーから多くの技術者が復旧支援に行ったとおり、自動車にはマイコン無くしては、車の多くの機能が働きません。
もし、ルネサスが海外の会社に買収されたらどうなるでしょう。日本ではお客様は神様の考えが理解され、尊ばれますが、海外の会社では神様は株主です。利益の出せない生産を続けることは許されません。しっかりジョブごとに利益をだす物造りに生産設備、生産体制、受注選択を合理的に実行します。
こんな状況で、自動車メーカーは外資系メーカに買収されないように、国に働きかけ、自分たちもルネサスに一部出資することを決めたのだと思います。
ここには、日本のメーカーが急速に力を弱めた典型的、致命的な理由が潜んでいる気がします。
1.買い手(この場合自動車メーカー)は部品屋(この場合ルネサス)に儲からないものを無理やり作り続けさせた。
部品屋は、次の注文を貰える事を条件、あるいは期待して採算性の悪い案件を受注した。
2.買い手は、部品屋に協力を求め(設計までさせた)過ぎたため、自力で他の部品会社に発注できなくなってしまった。

2.はちょっと複雑ですが、自動車メーカーやTVなどの家電メーカーではパワーウィンドーやリモコンなどの本体機能と関係ないブロックは下請けに廻してしまい、プログラムは部品屋のソフトウェアエンジニアに開発を委託してしまいます。その部品屋も実際はソフトウェア開発会社にプログラム開発を委託してしまっています。
ソフトウエア開発会社も派遣社員などを雇うケースも多く、個々の部品の設計は個人に委ねられることが多いです。
そして、もっと高度なプログラムが入っているマイコンでも、マイナーチェンジでは変更点だけを部品屋に改定指示するだけになってしまい、全て作り直すのは希になります。
こうして、買い手には部品屋を変えて、他に発注する力が無くなっていきます。
メーカーと部品屋も持ちつ持たれつで良いと思っていても、環境が変われば前提条件が変わってしまいます。車や家電が世界一売れていれば、その部品を作るルネサスも世界一になりますが、Appleの製品の多くがSamsungの大規模半導体を使い、TVも中国メーカーが台頭、液晶TV用の半導体は台湾や中国のメーカが圧倒的なシェアを誇ってくると、量の違いがマイコンのコストの差になります。

マイコンを開封して物理的にプログラムを読むリバースエンジニアリング。新しいプロセスで数分の一のチップサイズでマイコンを作る。FLASHマイコンでプログラムは後付にして大量生産する。組立工場は大規模化して集中生産する。
後発メーカーは様々な手法で、先行メーカーの技術やビジネスモデルを導入し、資金を集め大型化、効率化でコスト競争を挑んできます。

丁寧な物造りと、サービスをしない韓国、台湾、中国に日本製品の真似は出来ない。
こんな声を聞きますが、敗戦後の日本で産声を上げたソニーの前身ではお櫃に電極を差し込んだ電機釜を作ったり、アメリカRCAの半導体工場で研修し、書きとったメモを基にトランジスターを試作した。
そんなエピソードからは、未来だけをみていた若者のギラギラしたものが感じられます。

次に儲けさせるから、今回は泣いて。出荷前に必ず全数検査して。重箱の隅をつついている内に、お客さんは肝心な中身のご馳走は、美味しくて安い輸入品を買うようになりました。
品質の疑問? かって成長期の日本がそうして来たように1000倍の数を作れば必ず品質は上がります。その上、日本メーカーは台湾、東南アジア、韓国、中国に工場を建ててモノ造りを行い、現地人の中間管理者の育成に努めました。
そんな工場が、海外のいたる所に山のようにあり、経験を積んだ熟練工、マネージャー、品質管理責任者を厳しく育ててきました。日本の資本が撤退しても地場産業として生産を続ける会社が今や手ごわいライバルに成長している状態です。
また、数を作らない製品の品質管理は、宇宙開発プロジェクトのように検査、検査でものすごいコストアップにつながります。また、問題が生じても、その発生原因を統計的に掴めないなかで、全方位の品質対策をすることは、とんでもないコストがかかります。
大量に作り、母数の多い中で、比率の高い不具合の原因対策から進めることで、効率良く製品全体の品質を早く上げることが出来ます。
なにより、目の前に不良の山が出来れば、お金を掛けて対策を打ちますが、ぽつぽつと出る不良の対策は遅れがちになり、改善に時間がかかります。

それでも、明日は今日より多く製品を作るのであれば、明日の会社の成長が自分の生活にリンクするなら、従業員は高いモチベーションで不具合撲滅に取り組みます。
衰退していった、大量生産国アメリカのビジネスモデルを取り入れ、日本の生産システムは職種別非正規社員を採用し、生産現場と開発現場のリンクを切ってしまいました。
品質設計の統計に現れない情報のリンクを切ってしまったとも言えます。

市場の衰退期で偉くなるために、経営者はコストを削減する、経営効率を高める引き算経営で成果を上げてきました。神様はお客様から株主に代わりました。